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明智・岩村から馬籠・妻籠そして奈良井
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「いらかぐみ」のオフ会が開催される木曽良井宿に集合にあわせて、その前々日から町並み探訪を訪れることした。奈良井宿にむけて中山道木曽路を順におっていくコースを計画。まずは名古屋から中央本線を恵那まで乗り継ぎ、そこから明知鉄道に乗り換えをして明智に向う。明知鉄道はもと国鉄の明知線が独立してできた第三セクター鉄道である。ちいさなディーゼルーカーが一時間に一本ぐらいのダイヤで典型的なローカル線。恵那をでてからは上り坂をエンジン全開であえぎながら、なだらかな丘を登っていく様子がいやがうえにも、乗っていて旅の臨場感を盛り上がる。今では懐かしくなった車窓の窓を上げるレバーを両手持ちタイミングよく上げてみる。すると緑色した涼しい風と森の香りが心地いい。丘陵沿いの小さな集落を丁寧にひらいながら終点明智駅に到着。大正村として観光にも力をいれている明智。かつては製糸産業でにぎわった時代があったが、その後生糸が衰退するともにこの町もその時代の発展した姿を残しならが時間が止まった。そしてそのありのままのすがたが大正村の出発点。その名にふさわしい雰囲気の洋館や懐かしい雰囲気のある町並みが印象的。明智をあとにして次の目的地は岩村。
村町は明知鉄道の途中駅の町。現在の町並みの基礎は松平家乗が岩村城との配置を考慮して現在町並みの基礎となる街づくりをしたといわれる。重要伝統的建造物群保存地区になっている、地図で見て計画すると、割と細長い町並みなので2時間は必要だと予定を立てて廻った。しかしそれほど大きな町ではないので、あらかた見終えると途中で気がかわった。一本前の列車に乗ろうと駅前まで歩いていくと、駅前から数名の女子高生が駅から歩いてくる。「ああたぶん列車は先ほど出たばかりなのだろう」となかばあきらめて再び町の方に向う。緊張感がほぐれたこういう時は急に食欲が涌いてくるものである。いかにも素朴な茶屋のようなかんから屋にはいって、嘉永年間から伝わる岩村名物「かんから餅」をほうばる。なにげなしに貼ってある時刻表が目にはいってくる、みてみるとやはり先ほどの駅前到着は、列車より5分ほど遅かったようである。いまからでもまだ、まとまった時間がある。一枚スケッチをする事にしよう。それでも次の予定の列車には遅れてはたいへんなので、とにかく駅近くに行く事にする。ホームで駅舎風景を描いていれば乗り遅れることない。ぎりぎりまで描けるので、もってこいのいいモチーフである。さきほどの列車に乗れなかった高校生だろうか、数名が手持ちぶさたにホームで次の列車をまっている。そうして一枚描き終えて乗った列車が終点恵那ついた。そんな明智鉄道ののんびりさとうって替わって、ここではわずか2分差で出発するJR中津川行きのに乗り換えだ。全速力で走る男子高校生は残念ながらうまく乗ることができなかった。もちろんそのあとをついて走った私も乗れようはずはない。一時間に一本の列車時刻に制約される生活をせざるをないローカル線の高校生たち。彼らかやがて都会や自動車にあこがれるのは極当然の成り行きであろう。
朝は中津川からの出発。まずは旧中山道の通る新町の交差点を京側に歩いて行く。さすがに中山道だけに町角の小さな看板にも至京都・至東京とかかれている。現在ではまさかこの道から京都や東京にいく人はあろうばすがないのだが、地理的には自分がどちらに向かっているかわよくわかる。旅人は日本中どこにいても自分の住む所と東京がどちらかを心のコンパスとして持っているのではないだろうか。そういう意味では東京は当たり前の話であるがすべて日本人の中心の町でもある。みな東京のことは自分の町の次に詳しい町でもあるのだ。その看板にしたがえば京都のほうへ歩いていくと綺麗に整備された四ツ目川を渡り少し行くと、りっぱなうだつが上がった家がみえる。その先が枡形になっているその先の一角が中津川では一番町並みが残っている所である。これから先今日の予定がつまっているのでそのあたりで早々に引き返した。
籠行き濃飛乗合バスに中津川駅前から乗り込む。スタートから最初は高速バスよろしく国道19号線を快調にとばして一旦バスターミナルにはいる。運転手交代で先ほどより年配の運転手に替わった。すぐに国道を折れてかなり急な山道にさしかかる、車幅は6mないようでたぶん小型乗用車でも離合できないような狭い道路である。大久手経由で各部落をなめて行く。そえでもすいすいと大型バスが坂道を軽々と登って見事に馬籠に到着。馬籠は一緒にならび称される妻籠にくらべると町並み的には小規模であまりたいしたものがないようだが、観光スポットとしてはけして妻籠にも劣らない。それば島崎藤村と坂道から見下ろせる木曽の風景が支えているのではないだろか。そしてなにより馬籠・妻籠という二つの名称の並んだ字面と発音の印象深さと面白さがたいへん有利に働いているように思う。
んなもうひとつの町妻籠へいく事にしよう。今度はおんたけ交通のバスに乗り大妻籠を経て妻籠のバス停で降りる。町並みはすぐそこだ。ここも馬籠にも観光バスや乗用車がたくさん駐車できる大きな駐車場が設置されている。観光も他の交通と同じく最近はいかに車からのアクセスが便利であるかが大きなポイントである。かつてこの馬籠・妻籠は中山道が通りりメインの宿場であったのが、鉄道時代になり他の木曽路の宿と違いこの二宿だけが鉄道からとりのこされて急激にさびれた。そして発展から完全に取り残されて残った宿をなんとかしようと町並み保存のが始まったのがここ。いまではその立場が逆転して鉄道の通る宿は適度に町並みが新陳代謝をして新旧入り混じりとりたてて観光的な意味では魅力を失いつつあり、またかつての交通の覇者鉄道自身も車に主役をうばわれることになる。栄枯衰勢を感じる時代の流れでしょうか。そうこう考えているうちに予定の時間が来た。そこでいらかぐみオフ会に参加するのメンバーのひとりnomonomさんとの待ち合わせをするためである。しかも今回のルートの時間配分まであらかじめ調べていただいていたものである。ちょうと中津川から馬籠をみて妻籠を恋野→中町→上町→寺下と歩いて来るとちょうどいいぐらいでしょうといわれた。ドンピシャである。
定どおりと思ったところにnomonomさん登場である。旅なれているというのでしょうか。時間と距離感覚があるのでしょうかいつも綿密な計画をたててまたその通りに行動されているのには驚きである。今回もnomonomさんの車に同乗をさせていただきいらかぐみ集合地まで木曽路の町並み巡りを楽しむ事になる。三留野宿・野尻宿・須原宿・上松・木曽福島と中山道を順に説明付きで案内をしていただき短時間に効率的に見ることができた。もともと詳しい土地であるうえ最近も中山道を踏破されたのでその時の印象や調査の内容などかなり詳しく、また面白く説明いただき、楽しませていただいた。各宿にアクセスするのも本来なら時間がかかり、ベストポイントを見つけるとなると、とても数時間ではすまないのである。次から次からみどころだけをダイジェストでみれた。そうこうしてやがて集合場所に近づく。奈良井駅にすでに到着されている七ちょめさんKさんと落ち合う事になる。そして16:24の電車にのって塩尻から下ってこれれた孫右衛門さんが到着。今回不参加のSatopyさんを除く全員集合となる。久しぶりの再会である。しかもまだ皆2回から数回ぐらいの面識なのだが、同窓会のような懐かしさはどういうことなのだろう。イメージとしてはWEBでの掲示板書き込みでそこまでの人間関係が構築されるような気がしないものであるが、こうして集合してみると感じる感覚を思うと結構インターネットというもの潜在能力を感じないわけにはいかない。
れから少しはなれた中町にある伊勢屋に到着である。nomonomさん孫右衛門さんは何年も前に泊まった経験があるとのこと。わたしは奈良井へ来る事自体が始めてである。第一印象にはその圧倒的なスケールと質に度肝を抜かれた。特に木曽あたりの特徴的な木材を多用した材質感と傾斜の緩く軒の深いトタン屋根・出桁づくりで張り出した2階部分などたいへん特徴ある建て方が印象的である。そしてもう一つ付け加えると道路面と一軒一軒家屋の立地ばらつきと屋根の勾配の違いなど町並みの統一感がまったくないところがたいへんびっくりした。木曽のこの周辺の宿はそんな感じが多いのだかここはそれが際立っている。その夜のオフ会ではいらかぐみでのサイト運営の課題と各人のいままでの活動報告をスライド上映によって開催され無事終了。
朝はツバメの囀りにおこされ。カッコウのコーラスを聴きながらの早朝の町並み探訪をする。七ちょめさんnomonomさん孫右衛門さん三人で熱心に観察中である。Kさんとわたしはスケッチを始める。奈良井を堪能してから三台の車に分乗して平沢にむかう。ここは昔からの漆器産業がさかんで今でも多くの店が立ち並んでいる。町並みを観察しながら五人の男達がきょろきょろしながら歩いている姿はちょっと異様かもしれない。あるにはここらの人はそういうのにも案外なれているのかもしれない。
「ここは通りにたいして家屋が添わずに一定の方位にむいています」
「雁行型ですね」
「その雁行になった部分と通りの三角の空き地がちょうと車の駐車スペーズになる」
「ちょうど店の車やお客さんのがいれられるいい大きさですね」
「妻面には大きな看板も架けられていい空間が出来上がっている」
「でもいまではここまでわざわざ漆器を買い求めに来る客足も少ないでしょう」
事実この先国道19号線沿いに平沢の漆器組合直営の漆器専門店が立派な駐車場をそなえて作られていた
もっともそこもほとんど車も停まっていないしさびれた雰囲気でもあった。
それから先の贄川宿へいく。ここは予想どうりあまり町並みは残っていない様子。
同じように旧中山道の宿でその後多少の運命の違いはあったにせよ同じような宿でも残り方が随分違うものである。なにも綺麗に残った所だけを訪ねるのではなくこうして順に各宿を廻りその違いや共通点など肌で感じる事もまた町並みを愛する者としても有意義なことである。
皆それぞれ大きな成果も得たところで、ここ贄川宿でオフ会は一応解散となる。
の後私はKさんとスケッチいくことになり七ちょめさんの先導で寝覚の立場を教えていだだき、最高のロケーションで優雅なひと時を過すことになる。スケッチ場所は風景としてはもちろんいいシーンなのは違いないが、そこにいくらかの時間滞在してかならずしも快適でない場合もある。むしろそういう場合もたいへん多い。車や人の往来から、暑さ寒さ風に雨。騒音や蚊の襲来など野外で一定時間留まる行為は想像以上過酷な場合が多いのである。ところがここは最高の条件がそろっていた。モチーフになった民宿たせやさんがたまたま通りにおられて駐車スペースに車横付けができた。頭上に広がる大きな枝垂桜の新緑がおおきな面積の影をつくってくれる。眼下の木曽川からは微風が通りぬけるし、遠方には木曽の山々。鉛筆を走らせる音、遠くから聴こえるオオルリの囀り。いつか機会があればKさんとスケッチをと思っていた、がそれがこんなにいい場所で実現した。スケッチにまつわるいろんな話をしながら描く事もできた。こんな至福の時間はそうめったにあるものではない。感謝。
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