義経年表 1156    7月 保元の乱       鬼若丸(弁慶)6歳で比叡山入り「義経記」 1159 1歳 牛若丸(義経)誕生 12月 平治の乱 1160 2歳 常磐御前23歳 三子と都落ち「平治物語」       源義朝、尾張(野間)で謀殺さる       源頼朝(14歳)、伊豆に配流 1162 4歳 牛若丸、山科に預けられる「義経記」 1164 6歳 9月 厳島神社に平家納経 12月 蓮華王院創建 1165 7歳 牛若丸、 鞍馬寺入り「義経記」(尊卑分脈によると11歳) 1167 9歳 2月 平清盛、太政大臣となる       俊乗坊重源入宋 1168 10歳 2月 京都大火 4月 栄西入宋       清盛、宋との貿易をはかる  1169 11歳 春 遮那王(牛若丸)、寺の書庫で源氏の系図を見つける「平治物語」 1170 12歳 5月 藤原秀衡を鎮守府将軍に任ず       9月 後白河法皇、宋使を福原に引見する 1172 14歳 2月 平徳子を中宮とする 1174 16歳 遮那王、金売り吉次と奥州に下る(2月2日「義経記」3月3日「平治物語」)       「一とせ平治の合戦に父討たれて、孤児にてありしが、鞍馬の稚児して、        後には黄金商人の所従になり、粮料背負うて奥州へ落ちまどひし小冠者(平家物語)」       遮那王、元服して九郎義経と名乗る(鏡の宿「平治物語」 熱田「義経記」) 1175 17歳 法然房源空、専修念仏を唱え、浄土宗を興す 1177 19歳 4月 京都大火 6月 鹿ヶ谷の陰謀 1179 21歳 11月 清盛、後白河法皇を鳥羽殿に幽閉 1180 22歳 4月 以仁王の令旨 5月 源頼政挙兵 6月 福原遷都       8月 源頼朝、伊豆に挙兵(石橋山の戦い)→安房に敗走       9月 木曽義仲挙兵        10月 頼朝鎌倉入り、富士川の戦いで平惟盛・通盛敗走       「今日、弱冠一人御旅館の砌に佇む。鎌倉殿に謁し奉るべきの由を称す。        実平・宗遠・義実等、これを怪しみ、執啓すること能はず。刻を移すの処、        武衛(頼朝)自らこの事を聞かしめ給ふ。年齢の程を思はば、奥州の九郎か。        早く御対面あるべし。(治承四1180年10月21日)吾妻鏡」       11月 侍所(別当:和田義盛)設置 12月 平重衡、東大寺・興福寺を焼く 1181 23歳 閏2月 清盛(64歳)病死       8月 頼朝、平氏との和睦を後白河法皇に密奏、平宗盛拒絶       俊乗坊重源、東大寺再建勧進開始 1183 25歳 2月 藤原俊成に「千載和歌集」の勅撰を命ず       5月 砺波山の戦い       7月 木曽義仲入京(平宗盛、安徳天皇を奉じて西海に赴く)       10月 頼朝、東国沙汰権獲得(十月宣旨・寿永宣旨) 1184 26歳 1月 宇治川の合戦(義経VS義仲)→義仲、粟津に敗死       2月 一の谷の合戦 坂落・敦盛の最期「平家物語」       10月 頼朝、公文所(別当:大江広元)・問注所(執事:三善康信)設置       頼朝、関東御分国三ヶ国を獲得       後白河法皇「梁塵秘抄」 1185 27歳 2月 屋島の合戦 那須与一・扇の的「平家物語」→熊野水軍が参加       3月 壇ノ浦の合戦→平家滅亡        10月 頼朝追討の宣旨 11月 義経追討の院宣 判官都落「平家物語」       頼朝、諸国に守護、地頭を設置 1186 28歳 3月 諸国の兵粮米の徴収を停止 5月 源行家殺される       西行、東大寺再建勧進のため、奥州平泉へ向かう 1187 29歳 2月 義経、藤原秀衡を頼り、奥州へ逃れる 10月 藤原秀衡死す       3月 栄西、再度入宋 8月 頼朝、京都の群盗を鎮めさせる        9月 藤原俊成「千載和歌集」 1189 31歳 閏4月 衣川の戦い(藤原泰衡、義経を殺す)       9月 頼朝、奥州を平定 奥州総奉行設置 1190    2月 西行死す(山家集)       11月 頼朝、権大納言・右近衛大将となる→12月 辞退 1191    1月 頼朝、公文所を政所と改める 7月 栄西、帰京し、臨済宗を興す 1192    2月 後白河法皇、長講堂領を宣陽門院(丹後局の娘)に譲る       3月 後白河法皇(66歳)死す        7月 頼朝、征夷大将軍となる(鎌倉幕府成立)