京都のソナ〜ユンソナ・黛まどか講演会の記録〜


Part1 京都の朝は暑かった

 さすがに始発、とはいきませんでしたが、7:03の東京発新幹線に乗って無事京都に着きました。
駅に着いた瞬間から、ものすごい熱風が・・・。皆様のご忠告に従い、ペットボトルのお茶、お弁当、下に敷くスポーツ新聞を買い込み、行き方が分からなかったので面倒とばかりにタクシーに乗り込んで、いざ丸太町京都生涯学習センター「アスニー」へ。タクシーでも十五分以上と結構な距離でした。ですが、到着してみるとまだ、建物の外には誰も並んでおらず…「ラッキー!」とばかりにホールのある4Fに上がれば、やっと職員さんがゲートを作り、ポスターを貼った段階で「なんだろうこの人は…」と奇異の目で見られ、すごく恥ずかしい思いを。しかしとにかく、一番乗りです!10:30!すごーいと自画自賛。
 
 そんなことをサイトに書き込みしていたら、まもなくチョワヘヨさんが、色白のお嬢さんを連れて登場。「昨日まで山に行っていた」とのこと、いやー、そのタフネスぶりには野牛部長も脱帽です。チョワヘヨさんと先日の大河の会のことなどを交え、暫し歓談していたのですが、その後ほとんど人が来ず・・・11:30ころにLeoさんがいらっしゃり、やっと賑やかになってきました。それでも、一時過ぎても列は長くならず、大丈夫なんだろうか・・・と心配していたら、一時半を過ぎたあたりでドドッと人が押し寄せてきたのであわてて列の先頭へ。いやはや、期待で心臓バクバクです!さあ、いよいよ入場となりました!


Part 2 始まるまでは長かった
 もう、恥も外聞もなく最前列の、ソナさんのまん前(と思われる)席を奪取!おお、おっ・・・なんと二メートル強も前、かぶりつきじゃないですか(お下品…^^;)。もう、それだけで舞い上がっていましたが、ブザーのなるまでの長かったこと・・・やっと始まった時にはもう、かなりハァハァと息切れ状態でしたが・・・「それでは登場していただきましょう!」の声に送られて現れたソナさんを見たら・・・あっ、ああっつ!!(いちいちウルサイ>オレ)なんとなんと、ソナさん艶やかな浴衣姿!浅黄色の濃い目の地に、朝顔?のような柄だったと思うんですが・・・わたしも顔ばかり見ていたのでよく覚えていません(^^;)ただ、下駄を始めて履くらしく、すごくこわごわと転びそうな足取りで歩いていたので思わず支えてあげたいと(をひ)。

 でも、ここはぐっと我慢して・・・いやぁ、ソナさんの緊張していること、していること。ピキーンと音がしそうなくらいでしたよ、視線は下向きで、ちょっと舌をだして唇をなめたり・・・やっと席に着いたので、はじまる一瞬前に「ソナさーん!」と手を振ったら、すぐ気がついて下さってにっこりと微笑んで・・・それからは少し、落ち着かれたみたいでした。私の気のせいかもしれませんが、なんとなく、ソナさんのお役に立てたようで嬉しかったです。

 さて、それからは恒例の主催者ご挨拶。最初は表千家の千宗室お家元。うーん、さすがに格調高いご挨拶。でも家元、突っ込むわけじゃないんだけれど、ソナさんの出演ドラマは『もう一度キス』てあって、『もう一度キス“を”』ではございませんので、どうかよろしゅうお覚え下さい。。。それから次に京都市長の挨拶代読…セレモニーだから仕方ないけど、早く始まらないかなぁ…と、思ったら、最後に「ソナさんチョン“まろ”カムサハムニダ!」と!うーむ、さすが京都だっ!やっぱり「まろ」なのねー、とへんな感心をしていたら、ソナさんも一瞬微笑を!でもまた硬い表情に一瞬で戻ってしまいました。

Part 3 お互いの国がなぜ気になったの?
 さて・・・いよいよ始まりです。いかにも京都風な品のよい顔立ちの(話し方も)白鳥アナウンサーが、とりあえず緊張をほぐすように「今日の僕の着物は縮みです、と言ったら、さっきソナさんに笑われました」と、最初に縮緬=チヂミ韓国風お好み焼き)の洒落から。聴衆も一斉に笑って、まずは掴みはOK。ソナさんも少しにっこりとして、順調に対談が滑り出しました。

 最初は雑談風に、ソナさんがいったりきたりで一年半、でも、これほど日本語を覚え、通訳無しで文化対談できる・・・という、当たり前のようで実はとてもすごい事実に改めて皆で拍手!(黛さんすこし凹んで、「私まだ、“ムル”もちゃんと言えないのに…いっつもソナちゃんに直されるの」と、ここでもその発音を披露。ソナさんは「上手なんだけれど、ちょっと英語風巻き舌になるのね、黛さん」と、なんども発音。黛さんの発音のまねまでして、上手いんだなまたこれが…あー、ソナさんに韓国語習いたい…それはともかく、ムルのル、は基本だけど難しいですよね、発音) 拍手のあとは、黛さんがなぜ韓国に親しむようになったかを、故・小渕総理が選んだ日韓文化交流委員に選ばれたことから順に話されていきました人の評価ではなく、自分の目で見た韓国を確かめたかった、ということと、額田王の歌から、百済の白村江のあったところ(現在の群山《クムサン》という説も)に行ってみたくなり、それがきっかけで韓国を歩いて俳句を作り始めた、というお話をされました。昨年の8/20からで、「韓国の地霊を感じてみたかった」そうです。

Part 4 お互い、好きなの?嫌いなの?? 
 さて、次は白鳥アナが、ソナさんに「日本で仕事することを考えたことがあった?」と質問。ソナさんはまだいくぶん緊張気味に、「思ってもみなかった」と。しかしそれは、すきとか嫌いとか言う感情以前に、日本に対する情報があまりになさ過ぎたせいだ、と仰ってました。本も雑誌も売っておらず、テレビのオンエアもないからタレントも知らない。知らないから興味もなかった、まさかこんなになるとは・・・とのこと。それに対して黛さんは、「本当に、ここ一、二年のことよねー、チョナン・カンとかタッキーとかが活躍して」と相槌を打っていました。
 
白鳥アナの、「ではなぜ『もう一度キス』のオーディションを?」の質問にははっきりと、「やったことのない素敵な役、ちょっと悲しくて、でも幸せになる作品がとても気に入ったから!」と答えていました。あー、本当に素敵なドラマでよかった…!でなかったら、一生、ソナさんには出会えなかったかも。。。それから、日本語の挨拶は三つあって、韓国語なら「アンニョンハセヨ!」一つですむのに、でも、せっかく「こんにちは」覚えたら、テレビ局ではどこでも「おはようございます」。一同、これには大笑いでした。また、日本語の台本が縦書きで難しく、横書きに直した話やセリフをMDに録音して覚えた話も…ただ、これは何度も色々な場で語っていらっしゃることなので割愛いたします。そして、「日本が嫌いだったらイヤになっちゃうところだったんだけれど、こんなに近い国なのに、かえって微妙に違うのが面白いと思うようになった」とソナさん。「その、違うところに興味を持って受け入れてくれたんで、好きになれたのね!」と黛さんもうなずいていました。

Part 5 滅びの美学、忍耐の美しさ

 そのあと、白鳥アナが聴衆に「ワールドカップをきっかけにハングルを覚えようとした方は?」という質問を投げかけたところ、結構多数が手を挙げました。ところが、当の白鳥アナは、「四月、五月は頑張ったんだけれど…もう間に合わないと思い、2008の中国語に切り替えました」とのこと(うー、白鳥さん、ひよっとして盧思さんにクラッときたんじゃ…と邪推^^;)案の定、黛さんには「それって単なる言い訳じゃない?私はやめられないのよ」ソナさんには「いゃーねぇ」と詰められていました。そして、ワールドカップ時の日韓の応援の違いについての話となりました。

 ソナさんは、「日本は負けが分かると、最後の方にはシーンとなってしまう。韓国は最後の一秒まで応援する。これは、韓国のサポーターは、とにかく選手に元気をあげる事だけ考えるけれど、日本は真面目で、最後は真剣に祈ってしまうからではないか」ととても含蓄のある意見を述べられてまた。ここのところで、「それも大切なんだけれど…」と、その国民性の微妙な違いに配慮するように、慎重に話されていました。それを受けた黛さんは、桜の散り際のよさ、木槿の何度も咲き続ける強さに例えて、日本は滅びの美を尊ぶけれど、韓国では耐えることの美しさが尊重される…ということをさらに日韓で花嫁が嫁入りの時に持たされる短刀(韓国では「粧刀」という)の使い方の違いに例をとって説明されていました。さらに、そこでタイミングよく?京都パープルサンガの木村総監督にネタが振られました。木村総監督は、「ワールドカップ後、負けなし、ぜひ応援を!」という傍ら、その原動力となったのが韓国代表のパク・チソン選手だ、と絶賛。そのあとしばらくはワールドカップの話になりました。


Part 6 ワールドカップ、涙の秘密(ピミル) 

ソナさんは、「ヒディング監督が、人気や知名度ではなく選手を実力で選んだのがすごい」と感心。黛さんは、スペインから韓国スペイン戦を応援したのだけれど、周りに誰も応援してくれる人がいなくて残念…という話をしていらっしゃいました。そこでソナさんが、件のワールドカップの涙について、「負けて悔しくて涙したんじゃなくて、最後まで応援してくれた日韓のサポーターの素晴らしさに感動した」という打ち明け話を。ソナさんの涙が、本当に美しいものであることがよくわかった瞬間でした。そのことについて黛さんは、「サッカーーということを軸に、あれだけ女性が公共の場で集団で応援したのは、儒教道徳の厳しい韓国では初めてではないか。女性が半数以上いたので、応援がナショナリズムではなく、ミーハリズムに変わった」と仰ってましたが、まさに言い得て妙!そこがイデオロギーの敗北と、サブカルチャーの台頭ということに双曲線をなしているんですよね。まさに、その実証としてソナさんの涙はあるわけです。

そのあとは、ちょっとくだけて韓国で女性が男性にして欲しくない話について。これもまたどこかで話されてましたが、三位がサッカーの話、二位が軍隊の話、そして輝く一位は軍隊でサッカーした話(爆)でした。(「自分の彼がそんな話をしたら、必ず別れる!」と、ソナさんのきついお言葉つきでした。)


Part7 ハングルで俳句、の可能性
 次に話題はハングル俳句へ。黛さんは、「漢字俳句−漢俳−は前からあって、日中友好に役立っていたが、ハングルのはなかった。日本と韓国は違うところも微妙にあるが、自然や情感で似ているところも大きいので、何とかやってみようとNHKで始めたが、思いのほか上手くいきました」と語っていました。その後、韓国で撮影されたKBSの俳句紀行のビデオを15分くらい鑑賞しながら、黛さんのお話が続きました。それが終わったあとで、黛さんが詠んだ俳句をソナさんがハングルで朗誦…はーぁ、やっぱりソナさんの朗読は素敵です♪ 二句目の「豊年の 風にふくらむ チマチョゴリ」のあと、黛さんが着ていらしたパープル地の簡単チマ・チョゴリドレスをご披露。ソナさんのかわいらしい浴衣についても触れていました。

Part8 日韓日常の違いあれこれ
 次に白鳥アナが、京都の印象をソナさんに聞きました。するとソナさんは、「京都は初めてだけれど、東京と変わりません。」と・・・一同「???」だったのですが、「駅からタクシーでまっすぐここまで来たので…あっ、ご飯は美味しかったです」で「!!!」と改めて納得、これには笑いを通り越して、ソナさんがすこしかわいそうになってしまいました。そしてここからは、日韓の日常的なものごとの違いについてのフリー・トークになりました。

 まず、白鳥アナが黛さんに、「日韓で違う、と感じさせられたことに年齢を聞かれることを挙げていらっしゃいましたが…」と振ると、黛さんはわが意を得たり、とばかりに大きくうなずき、「そうなんですよー、韓国では道を聞いているのに、いつも結婚しているのか、まで聞かれる。早く道教えて欲しいのに…それにソナちゃんくらいの年ごろの人だったらいいけど(ソナさん、黛さんに気遣って「ううん」と首を振る)私くらいの微妙な年齢だと、そういう質問て、胸にグサグサくるじゃないですか。そういうことが、全く普通なんですね、最近は慣れましたけれど」と、かなり高調子で語っていました。それに対してソナさんは、「黛さん、いまでも絶対年を教えてくれないから、いくつだか分からない(「もー、ビデオの字幕で37ってはっきり出ていたじゃない」と黛さん)年を聞くのは、年上なら失礼の無いように注意して、そしてもっと仲良くなりたいから。相手に関心が無ければ、年は聞きません」と答えました。黛さんはなるほど、「そうかー、小倉先生も仰ってたけれど、韓国は長幼の序がはっきりしているから、年齢によって敬語を使い分けなくてはならないのよね、それで年や結婚の有無を聞くんだ」
と納得した表情でした。そして、話は日韓の家族関係の呼び方の違いについてとなっていきました。 まず、日本語では「おじさん」の一語で事足りてしまう親戚関係について。「サムチョン(おじさん)」の呼び方は韓国でも一般的ではありますが、夫方妻方、または父方母方により、実に呼び名がこと細かく細分化されていることが話されました。黛さんが「日本では、結婚してそうな近所の男性も『おじさん』なのよ。」と言うと、「えーっ、便利ー!」とソナさん。ただ、韓国ではその細分が当然なのでいままで違いを考えたことも無かったそうです。確か韓国は、八等身までは結婚も禁止されている濃い血縁として扱われ、夫の母方のおばとその配偶者、などというものまでも、細かく呼び名が分けられているのだったなぁ…と私も思い出しました。
 
 日本は、せいぜい三等親ですよね。いとことの結婚すら許されている。基本的なことだけれどとても大きな違いといえましょう。だから、年も結婚の有無もはっきりと聞く。ただ、結婚していなかったり、子供がいなかったりする人にとっては、それが日韓を問わずといも辛い質問になる場合がある…ということを、先般公開された「エンジェル・スノー」という韓国映画で知りました。(余談ですが、この映画はとても素晴らしい作品で、感動で胸が打ち震えること確実です!イ・ソンジェという男優と、コ・ソヨンという女優−共に韓国ではトップスター−が好演していますので、ご覧になる機会があればぜひ皆様にもみて頂きたいと思います)
 
 話は進んで、お母さんの姉妹(つまりおばさんですね)のことを「イモ」と呼ぶことに質問が及ぶと黛さんは、「万葉のなかでも配偶者や恋人を「イモ」とよんでいるんです。当時は母系社会だったから、これは韓国語と同じルーツなのでは」と説明され、ソナさんも「なるほど…」とうなずいておられました。
 ソナさんは「日本では、自分の兄弟以外では『お兄さん』『お姉さん』とは呼ばないけれど、韓国では親しくなれば年上の男性はお兄さん(オッパ)女性は(オンニ)と呼んでいます」と話されました。(余談ですが←余談が多いな>オレ、韓国の女性は、好意を持っている年上の男性にはすこし甘えて「オッパ」と呼ぶようなんですね。その「オッパァ」という、ちょっと鼻にかかったようなソナさんの発音が可愛らしかったです。あー、ソナさんに「オッパ」と呼ばれたい…あっ、いかん、また妄想が…^^;)そうするとすかさず黛さんが「ウッソー、この間私のこと『アジェンマ(おばさん)』って呼んだじゃなーいっ!」「えー、だってあんまりメイクが長くてスタジオ入りが遅いんだもの。だからそういうときはわざと『アジュンマ』(笑)。でも、黛さんお嬢様だから、普段は姫って呼んでるんです」という思わぬジャブの応酬がありましたが、これもお互いの親密度を感じさせる、とても好感の持てるものでした。ああ、仲良くなるって素敵だな…と、心から思わせる、なごみのひと時でした。

Part9 みやこびとは「おおきに」
 この辺から、いつものソナさんらしくなってきて、ソナ節全開(^^)。「わたし、曖昧なのはいやなんです。たとえけんかになっても相手の気持ちははっきりと分かるじゃないですか。でも、日本にいるとはっきりとイエス、ノーは言われずに、ぐるっとまわって(と手をまわして)話をするんですよね。日本の方は、相手が傷つかないようにそうしているんだっていうことは分かるけれど、そうすると事実と違うことを思ってしまう。で、結局相手の気持ちと違ったことを考えてしまうことになるのはとても困るんです」と、ソナさん。

 それに対して黛さんは、「そんなことをいったら、京都はもっと大変よ。イエスもノーも、全部『へえ、おおきに(ありがとう)』」ソナさん「えーっ、それでどうして分かるんですか」白鳥アナ「うーん、微妙なニュアンスで分かるんですよね」黛さん「たとえば、『お食事でもどうどす(ちよっと方言ヘンですか、と照れながら)』って言うでしょ、それで返事が『へえ、おおきに』。京都の人はこれで分かるんですって」ソナさん「へぇー・・・」白鳥アナ「分かるんですよね、家元?」千宗室家元「うん。ニュアンスで分かる」ソナさん「さっすがー!」(一同爆)といったような、日本人でもその曖昧さに困惑するような興味深い京都人?の実態が明らかにされました。

黛さんは、「私なんて野暮な関東人だから分からないけれど…」と謙遜?されていましたが、なに、兼好法師も「都人は優にやさしく…」と、その曖昧ぶりを500年前から指摘していますから、これは京都というより、日本人の本質的な部分を端的に表している部分ともいえましょう。
 それからソナさんは、「日本の人は、ちょっと肩が触れただけでも『すみません、すみません』って言われて、なんだか全身にセンサーが付いているようだと(笑)。わたしも謝る癖がついちゃって、こないだなんて友達がスプーン落としても『すみません』って…、あれ、わたしなんで謝っているんだろう、って(笑)。でも、それは気にし過ぎや、形だけじゃなくって、日本の人は相手のことを考えてきちんと謝っているんだ、ということが分かってきたんです。韓国もそうだけれど、日本は礼を大切にする国だって。ただ、この間会った事もない人に『いつもお世話になっています』って言われてもうビックリ」という話をされ、一同大爆笑でした。

Part10 日韓ケンチャナヨ談義

 『日本人の曖昧さ』ということがある意味でテーマになった後は、こんどは『韓国人におけるケンチャナヨ精神』ということがテーマになりました。

 まず、黛さんが「わたしレストランでウェイトレスさんにお水こぼされた時『ケンチャナヨ(気にしない、大丈夫)っていわれて。それはこっちのセリフでしょ、って思ったの』と口火を切りました。するとすぐソナさんは不審そうな顔をして、「えーっ、それとっても失礼…」と。もっと言いたそうでしたが、続いて黛さんが、「小倉(紀蔵)先生が韓国に行った当初、頭の上から工事中のガラスが落ちてきたんですって。でも、相手は『ケンチャナヨ。』怪我しなかったから良かった、っていうことなんでしょうか、って仰ってました。」

 このエピソードにも、ソナさんはとても不服そうな顔をしていましたが、その表情を見て取ってか白鳥アナが間に入り、「それって、語尾をあげるか下げるか、っていう違いじゃないでしょうかね、『ケンチャナヨ。』なら『大丈夫、心配ないから』の意味になるけれど、『ケンチャナヨ?』なら『大丈夫ですか?』という意味になりますからね。さっきの『へえ、おおきに』や、京都の『ぶぶ漬け伝説(註・京都では客人が『ぶぶ漬け(お茶漬け)でもどうどす?』と聞かれたら、それは体よく『もうお帰りください』と言われているのと同じ、ということ)と同じように、ニュアンスの微妙な違いが伝わらないまま、話だけが先行しているんじゃないでしょうか』ととりなすように説明しました。けれど、黛さんはこのことに関してはなにかいい思い出がないのでしょうか(^^;)さらに畳み掛けるようにして、「えーっ、だってこの間、私なまケンチャナヨ(なんて言い方…^^;)見たもん。スタッフの○○さんが(あー黛さん、興奮して実名だしちゃダメ)ソナちゃんのバッグに焼肉こぼしたでしょ(ほとんど楽屋ネタ)、そしたら『ケンチャナヨー!』って言って。」それに対してソナさんはすぐ反論、「えーっ、違うの。あれはね、こぼした○○さんが『ケンチャナヨ?』って私に聞いたんで、私も『うん、ケンチャナヨ。』って答えたの。」黛さん「ふーん…そうだったんだ。」白鳥アナ「こういった具合に、聞き違いや勘違いからお互いの思い込みが生じていくんですよね。京都人同士、韓国人同士だったらそのニュアンスがよく分るんですけれどね。お互いに、よく気をつけなくてはいけませんね」と相互理解の難しさを例にあげて、話を締めくくりました。

 こう書くと結構丁々発止としたやりとりがあったように聞こえますが、実際にはおんなの子同士がよくしているような、賑やかなおしゃべりでした。本当に、こういった当意即妙の受け答えがきちんとできてしまう、しかもきちんとした説明になっているというソナさんの機転にますます感心しました。

私事ですが私は8/11〜17まで韓国に旅行しておりまして、その間あるご家庭と家族ぐるみで密接に行動していたのですが、ついに一度も『ケンチャナヨ』という言葉を聞くことはありませんでした。それよりよく聞いたのは『申し訳ございません』に当たる『チュソンハムニダ』でした。そのご家族と観光している時、それは起きました。誤ってお母さんが車のキーを付けっ放しでドアを閉めてしまったのです。あわてて韓国のJIFを呼び、30分後にはなんとか無事にドアは開いたのですが、その間お母さん(オンマ)は何度も「チュソンハムニダ、シガニオプソヨー!(時間がないのに)」と謝りっぱなしでした。むしろこちらのほうが恐縮して『チョンマル(ほんとうに)ケンチャナヨ!』と何度言ったことか…。その後、ソウルでタクシーに乗ったとき道を間違えて遠回りした運転手のおじさんも、お釣を間違えたお店の若い店員さんも、「チュソンハムニダ」とは言いこそすれ、「ケンチャナヨ!」などとは一言も言いませんでした。私がたまたま幸運(あるいは不運)?だったのかもしれませんが、やっぱり、「人に対して礼儀正しくする」というのは、日韓変わらない美徳だし、ちゃんとした家庭教育(躾)を受けている人は、老若男女、職業を問わず「ケンチャナヨ!」などと気軽には言わないものだろう、というのが私の実感です。

 …おそらくはソナさんも、人間の基本は同じですよ、ということを言いたかったのではないかと思いますが、いかがでしょうか。


Part11 清算の日本、積算の韓国

さて、対談も終了の時間が近づいてきたのですが、もうソナさん舌好調で、話題は次から次へと…。たとえば、「テリトリー意識」ということについて。

白鳥アナが、「韓国の人は、みんなで共有していると思われるもの、仲間のものは断らずに使ったりしますよね、鉛筆とか…」と話題を振ると、「そうなんです。いちいち断りません。でも、日本では例えばお菓子を食べていると『これ、食べていい?』って、一個づつ確認しながら食べる。それで、残った一個は絶対食べない。もったいないから私が食べると、『あっ、やっぱり韓国人だ』って(笑)」とソナさん。

「私ね、韓国俳句紀行の収録の時、喉が渇いてペットボトルのお水飲んでたら、隣にいたKBS(韓国の国営放送局)のスタッフの男の子が、すーっと手を伸ばしてきて、あっと思ってたらお水飲まれちゃって。」と黛さん(すかさず、「あっ、それは失礼」とソナさん)。「でもね、それからは不思議とその子が弟のように思えるようになって…」「そう、韓国人は仲よくなったら家族のようにしたい。そうそう、この間若い友人とご飯食べに行ったら(ホリプロの若いタレントさんかナ?うらやまし…)、18歳くらいの子が『ワタシ、今日お金持ってないから帰る』って…『そんなこと気にしなくていいからおいでよ』って呼んだんだけれど、来ても心が重いようにして食べない。どうせ女の子なんだから、みんな少ししか食べないのに…そういうところが不思議で…あっ、それから皆さん、割り勘の計算するのすごい速いですね(一同爆)、携帯電話出してパパッと…」とソナさん。

そこで黛さんが、「日本人は貸借の関係を留めておくのが嫌な“清算”型、韓国人はまとめて返す“蓄積”型なのよね。それに、日本では『親しき中にも礼儀あり』っていって、家族でもお礼言ったり。中身は同じことでもでも表現の仕方が違うんですよね」と結論付けました。

個人的な感想ですが、韓国の人の人情の厚さにはいつも感激するんですけれど、私的にはこの『積算型』だけは、いまだにどうも馴染めません。やっぱり、お互いが気持ちの上で“対等”でいたほうが気が楽だからです(本当の対等なんてありえないかもしれないですが…)。先日、留学生の家にご招待された時も、「昨年度、娘が日本に行っていた時、ほんとにお世話になったから」と、もの凄いもてなしで『積算』を『清算』されました。相手方は当然で、今後の見返りなんて求めてはいないんですが、こちらはどうしても、もし今後もお付き合いしていくなら、日本にいらしたときは同じようにしなくっちゃ…と考えちゃうんですよね。そこがちょっと…何度も『チョンマル、カムサハムニダ』というと、なんでそんなにお礼を言うのか、と不思議な顔をされました。


Part12 オープンにけんかしよう!
 その後、黛さんは日本と韓国の七夕伝説の違い、例えば日本では雨が降ると会えなかった、と考えるが、韓国では嬉し涙と考えていることなどを例にとって、同じ事柄でも、国によって受け止め方がこのように違う、という話を続けられました。それを受けるような形で白鳥アナが、「外見も似ていて、二時間もすればいけるから、お互い分かり合えるだろう、ってかってに思い込んでいるとトラブルの元になるんですよね。違う国なんだから…って納得することが大切なんではないでしょうか」とまとめ、「最後に、これからお互いどういう関係を築いていったらいいのか、お二人に伺いたいと思います」と締めに入りました。

まず黛さんが、

「やっと、こうオープンな形でけんかができるようになってきたと思うんです。…ソナちゃんが女性だから言うわけじゃないけれど、今までの暗い部分は全部男の論理で、戦争とかしてきたわけでしょ。犠牲になった夫や子供のために、たくさん流した女の涙は日韓変わりない。女性同士として、身近なソナちゃんとたおやかな関係を作りたい。男任せではない、いい友情を…」という、いかにも女性らしい、きめ細やかな意見を披露されました。

次にソナさんは、

「初めて日本に来る時、おばあさんに『なぜ…?』と聞かれました。過去に傷ついた人たちもたくさんいて、うまくできるかな、と。でも最近は、バラエティなんかで韓国の文化を知らなかった人に、それを教えてあげることがすごく楽しくなりました。女優だからドラマも頑張るけれど、欧米の国に、アジアの強さを見せたいんです。日本と韓国が一緒に力を合わせれば、もっと大きなことができる。そのためにもこれから頑張ります」と、本当に力強く感動的な意見で締めくくりました。

これで講演は終わりましたが、私は感動でしばらく席を立てませんでした。そこまで考えて、ソナさんはいろんな番組に出ているんだ…日韓の文化比較を、率直過ぎると時に思える言葉で語っているけれど、そこには、こんなにも深いグローバリゼーションに対する思いがあるんだ…という事が分かったからです。ですから、その直後になんだか新聞社のインタビューのようなものを受けたんですが、なんだかよく覚えていません(笑)。

しばらくぼーっとしていたんですが、チョワヘヨさんがソナさんに、ぜひ用意してきたお土産(聖護院八橋と京都限定キティちゃん)を渡したい、と仰ったので、出口の車寄せ付近で出待ちをすることになりました。Leoさんとチョワヘヨさんの娘さんとで待つこと数十分、ソナさんとマネージャーさんが出ていらっしゃいました!もう、ジーンズとTシャツに着替えていらっしゃいましたが、それもまた可愛くて…「すみませーん、時間がないんです」というマネージャーさんに頼み込むようにして、チョワヘヨさんは、少し震える手でお土産を渡していらっしゃいました。それを受け取られたソナさんの嬉しそうだったこと…!一同、幸せな気分で会場を去るタクシーを見送りました。





イラスト by Pさん

NHK教育テレビ ふれあい広場トークショーの記録
さる2002年11/10(日)10:30〜11:00、NHK放送センターロビーに特設された「教育テレビふれあい広場」にて
ハングル講座を始めとする各語学講座の番組紹介を兼ねたトークショーが行われました。ハングル講座はトップバッターで、
もちろんソナさんとリュウ君が出演します。かなり前からその情報をキャッチしていた我々ソナファン一同は、その前週に
行われた第二回オフ会の余勢を駆って、応援のため11/10にNHK前に集合することを誓い合ったのでした・・・

 ようやく秋風も身に染みる頃になってきた、11月の早朝…一番乗りは8:00に到着したPさんでした。つづいて
5分あとにハボナさん、15分にいむ、ちょっと間があって、半頃からははmidori、Annion-desuka?、どろん、INO、
michi、annion妹、あっちゃんなどの皆さんが相次いで到着。INOさんはなんと広島から!あっちゃんは「もしものチャンスに…」
とデジカメまで新調する、という気合の入り方でした。ソナファンで先頭を占拠して、気分はいやがうえにも盛り上がりました!

 待ちに待った10:30、最前列に詰め掛けたソナファンの前に、ついにソナさんが現れました!黒の編み上げベスト、
黒っぽいスカート、下はパンツルックで黒のブーツ。全体は黒でコーディネートされているのですが、ソナさんは地味にもならず、
実に可愛らしいこと!(その感動の邂逅は、Pさんが口絵にしてあります。ただし、ページに載せますと地味になってしうので、
ベストの色は赤に変更しています、とのことでした。)そして、リュウ君も颯爽とスーツで登場。司会は関口アナでした。

 まず、簡単な番組紹介があり、その次に恒例の、ソナさんが日本で仕事をすることになったきっかけのお話を…。これはもちろん
『もう一度キス』で、NHKであれば外せませんね(^^)。けれど、最初は「スタッフやみんなが親切に日本語で話し掛けて
来るのが怖かった」んだそうです。また、『ハングル講座』も「日本語もわからない私が、教えていいのかな?」と、最初は断った
そうです。もし、そうなっていたら、こんなに身近にソナさんを見たり、応援することも出来なかった…と、ソナさんが日本や
日本の文化を好きになってくださり、こちらで活動することに決めてくれて本当に良かったと、胸をなでおろしました!

 次に、リュウ・ヒジョン君の紹介。リュウ君は故郷が河回(ハフェ)という、韓国でも儒教の伝統が色濃く残る地方の出身である
ことを自己紹介し、それから有段者で、大会優勝経験もあるというテコンドーの型を披露してくれました!結構大柄なリュウ君の
テコンドーは迫力もあり、なかなかカッコイイものでした。次にソナさんが、自分の故郷は全州(チョンジュ)で、石焼ピビムパ
の発祥地でもあり、とても食べ物が美味しく、自分も料理にはうるさい、ということを自己紹介してくれました。

 その次は、スライドによる南大門(ナンデムン)、東大門(トンデムン)などソウルの紹介。それから6月にあったサッカー
ワールドカップのお話。ここでリュウ君が「皆さんの韓国のイメージは?」と聞くと、ステージ横手の方から「テーハミングッ!」
という元気な女の子の声が…!それが後にチャットにも遊びに来てくれるようになったAYANO*さんの声とは、その時はもちろん
しりませんでしたが、はきはきとした反応にとても好感が持てました。ソナさんは、「あの時は仕事で日本と韓国を10往復くらい
したけれど、とても充実していました」と、嬉しそうに話していたのが印象的でした。

 最後に質問コーナー。まず、リュウ君から「ハングル講座、とはなっているけれど、ハングル語とは呼ばないで」とアピール。
関口アナが「なにかこれだけは聞きたいことということがありますか?」という質問に、我等がサイトのアイドル(^^)、
あっちゃんが元気良く「はいっ!ソナさんに質問(リュウ君、ごめんねー!)」と…。それは、『これから韓国に旅行に行くけれど、
これだけは覚えた方がいい!という韓国語は?』というものでした。それに対してソナさんは少し考えてから、「やっぱり、
アンニョンハセヨ(こんにちは)とカムサハムニダ(ありがとうございます)です。この二つを覚えておくと、とてもいいですよ!」
と答えてくださり、そのあと全員で復唱して、ちょうどお開きの時間となりました。

 興奮覚めやらぬままスタジオを後にして、私は仕事に向かったので皆さんとはそれ以上、おしゃべりも出来ずに残念でしたが、
とにかく間近でまたまた、ソナさんの素晴らしさを拝見できた喜びで一杯でした。また、このような機会があればいいなぁ、
と心より願っております。(完)

2003年5月5日 JASCO品川シーサイド店 トークショーの記録

撮影許諾 JASCO品川シーサイド店
2003年5月5日 JASCO品川シーサイド店 トークショー
 晴れやかに風澄み渡る5月こどもの日、JASCO品川シーサイド店でソナさんのトークショーが開かれました。
 5/3にRuRuさんから情報を頂いたいむは、早速、5日の早朝、りんかい線品川シーサイド駅にあるJASCOオーバルガーデンという、イベント広場に出かけました。現地でお会いしたのは、サイトによくお見えになるヒッキーさん、ととさん、naomiさん、kooさんでした。ソナさんの『韓国にオレオ!』と握手の機会が抽選であたる抽選券をゲットして、12:00からトークショーは始まりました。司会の男性は、RuRuさんによるとホリプロのタレントさんとか・・・
 
 司会の方が、「ワールドカップはキムチパワーで勝ったのですか?」と、まずソナさんに水を向けると、「いや、そういうわけでも・・・」とソナさん。「でも、韓国の人は野菜よく食べますよね。嫌いな野菜ありますか?」と司会氏。「小さい頃は、ホウレンソウが好きじゃありませんでした。海苔巻き(日本語で)の中に入っていて、すごく嫌だった。でも、大きくなったら好きになりました」とソナさん。

 「では、逆に好きな野菜は?」と司会氏。「好きな野菜は、白菜、レタス、キュウリ、パプリカ、ピーマン、とうがらし・・・全部好きです!」とソナさん。「それでそんなにお肌が綺麗なんですね!」「いえいえー!」というやり取りがあり、さすが本日の韓国物産展のメイン出品、パプリカ(赤や黄色のピーマンのような野菜)が話題に登場しました。「韓国女性の肌が綺麗なのは、たぶん野菜をいっぱい食べているからだと思います。」とソナさん。「日本の食事には野菜が少なくて、お弁当に揚げ物などが多いときにはそれが不満でした。食卓にはいつも野菜があったし。」と続けるソナさん。「パプリカはにおいも少なくて、ピーマンと違って子供にも向きます」と、パプリカのPRもしっかり入ってます(^^)。

 そこで司会氏が「では、パプリカの好きな食べ方は?」と聞くと、すかさずソナさんは「炒めたりもするけれど、生が大好き!韓国海苔に巻いて(日本の海苔でも)ごま油につけて食べると美味しい。それから、コチュジャンにお酢や砂糖水などを混ぜてつけても美味しいです」とソナさん。

 「それでは、実際に作っていただきましょう!」と司会氏「えーっ」とソナさんは言うものの、実際段取りが出来ていて、すぐ裏から海苔とパプリカが出てきました。それを食べてみて、「うん、美味しいですね!」とソナさん。見ていた私は、いくらソナさんの言うことでも普段パプリカなど滅多に食べない(たまーにサラダに入るくらい)なので失礼ながら半信半疑でしたが、後で物産展のブースで、皆で海苔巻きを試食したところ、なかなか美味しいものであることが分かりました。ごめんなさい、ソナさん!
 
 その後は、パプリカは色によって違いがあるとか、ジャンボピーマンとも言う(「それ聞いたことはあるけれど、韓国のデパートではパプリカとしか言わないです」とソナさん)など、パプリカ尽くしの話題でした。それから抽選会となり、パプリカ君の着ぐるみが乱舞する中、当選者が決まり(私たちは誰も当たりませんでしたToT)、最後にJASCOの店長さんがソナさんに花束を贈呈して、和やかにトークショーは終わりました。

 今回は、「韓国産パプリカを食べよう!」という明確なコンセプト!?のもとでのやや異色なトークショーでしたが、なんといっても撮影可であったのが大きかったです。それも、ととさんが思い切って聞いてくれたのでそれが分かり、ヒッキーさんは急遽、写ルンですを買いに走ったほどでした。ただ、距離がかなりあったので、私も含めて皆さんあまり満足のいく写真が取れなかったのがちょっと残念でしたが、その後、撮った写真など見ながら、ソナさん談義に花を咲かせることも出来たので、贅沢はいえません。本当に今日は、上々吉の一日でした!

                                                                                    文責・くっきー・いむ

2003年 パルコブックセンター カレンダー発売記念握手会の記録

2003年 10/12(日) 池袋パルコブックセンター カレンダー発売記念握手会
 去る10/12(日)2時より池袋パルコブックセンターに於いて、ソナさん初の2004年度版ハゴロモカレンダー発売記念握手会が行われました。

 当日はあらかじめカレンダーを予約した人だけが参加できるイベントで、私も12時前には着いたのですが、もう熱心なファンが一番乗りを果たしていました。私もドキドキしながら待っていると、三重からチョワヘヨさん達、いつものファンの方々が次々と到着しました。なかでもシンさんはバイクライダーの皮のツナギでばっちり「ガイセイバー!」と決めていらしてました。握手会場は、お店を出たすぐ横の階段上に設置されました(写真)。

 2時を少し回った頃、最初にマスコミ撮影があり、その後待望の握手会が始まりました。私は7番目だったのですが、なんと番号くじに当選してカレンダー撮影に使った小物グッズが頂けるという、望外の幸せにあずかりました。そこで私は、サイン入りメガホンを頂きました(本当は歯ブラシが欲しかったんですが、何となく気が引けて…^^;)。そのときはソナさんにカレンダー発売の祝辞を述べて、ソナさんからは「お久しぶりですね!」との言葉を頂きました(^^でも、オレオの時も行ったんですが…)

 それから私は、もう一本カレンダーを予約していたので係りの方に「もう一度並んでもいいですか?」とお聞きしたところ、幸いお許しを頂いたので、もう一度最後尾に並びました。そうしたところ、ちょうど握手が終わって上気したチヨワヘヨさんやkooさん、naomiさんとすれ違いました。その時、はっとひらめいたのです!そうだ、お誕生日(その頃はまだ旧暦で発表されていました)も近いから、持ってきたお誕生プレゼントを渡す時、「お誕生日おめでとう!」を言うついでにハッピー・バースデーの歌を歌おう。それも、韓国語で!と。歌詞もメロディも簡単なものだったので、とっさにその場にいた三人にお声をかけたところ、皆さん快く賛同してくださり、それからは常に最後尾に回っていて歌の練習をしていました。

 そしていよいよ、一番最後に私達、四人が現れるとソナさんは「?」という表情に。しかし、「センイルチュッカハムニダー、ユンソナシー」と歌い始めると、たちまち「!!」という感激の面持ちで歌を聴いてくださり、目を潤ませながら「どうもありがとう!」と言って下さいました。思い付きだけれど、喜んでいただけて本当に良かったです。その場での即興だったので、列の離れていたととさんやシンさんなどにはお声がかけられず本当にゴメンナサイm(_ _)m
 握手会では、あっちゃんはマネージャーさんに記念写真を撮っていただいたり(あくまでも、プロダクションの記録用です、念のため)、名古屋からはHarukaさんが小さなお子様二人とだんな様も連れて、長年待望だった、感動の涙の対面を果たされたり・・・ととてもとても充実した情景が展開していました。終了まで約一時間、お店のの方にお聞きしたところ、カレンダーの予約部数は400部だったそうです。ただ、私のように何部かひとりで買い求める方もいらしたようで、実際並んだのは180人くらいだったと思います。
 最後にソナさんがハンディメガホンを取って、「今日はお集まりいただき本当にありがとうございました!」という趣旨のご挨拶を最後まで残っていた、熱心なファンの皆さんになされて、その場にいた全員による激励の拍手を以って、カレンダー発売記念握手会は閉会しました。

 この会は、当初予定されていたくじ引きによる撮影会等は無くなったものの、抽選による小物グッズプレゼントや、複数部購入者に対するサイン入りポートレイトのプレゼントなどとても充実したサービス企画があり、大満足でした。その上、少々残ったサイン入りカレンダーをその後書店で売ってくださったので、私とnaomiさんは全色色違いのカレンダーを三本揃えられて、もう何もいうことはありませんでした(^^)。今後とも、本や写真集発売、CD発売などの時には、このような素晴らしいイベントをぜひ行ってくださいますよう、改めて関係所各位の皆様に熱望申し上げます。

 (その後はまた皆で、8階のレストランに集まり恒例のオフ会を開きましたが、そちらの様子はオフ会レポートページにてご覧下さい。)

Photo by Hagoromo

   2004年 宇都宮ヒュンダイトークショーの記録New!

外観撮像許可・ヒュンダイ宇都宮店 撮影・Rondaさん
1/25宇都宮 ヒュンダイトークショー&握手会の記録
 当日は本当に良い天気でしたが寒くて、宇都宮駅について花を買っているとシンさんから電話が。その後二人でソナさんとスタッフの方へのお土産を買ってから、タクシーで五分ほどのところにあるヒュンダイ栃木宇都宮営業所に向いました。できたばかりの営業所はとてもきれいでしたが、テントの中も結構な寒さで、シンさんと私はたまらず出店のチヂミやトッポギ、キムチチゲスープなどを食べて体を温めました。すでに先行してヒッキーさんご一行は見えていて、もう整理券をゲットされていましたが、私達二人は少し遅れて行ったため、整理券の配布は終わっており「実際にカレンダーの引換券をお渡しする時に並んでください」と言われ、まさか中に入れないことはないだろう・・・とやや不安に思いながら、テントの中のストーブのそばで待つことにしました。
   韓国スナック・物産の売店。美味!  ホリプロの出店。イージーハングルやのりちゃんの生写真も!
 
 やや出遅れた不安はあったのですが、やっと「次の整理券を配布しますので、並んでくださーい!」の声に促されるようにして、寒空の下へ。たちまちに行列ができ、その数が約百人となったときに整理券配布が突然、中止されました。これからまだ来るファンの方への配慮らしいのですが、この時点で姿の見えなかったクロちゃんには、既に「アウト!」の暗雲が・・・。しかし、その後また整理券が配布されたので、何とかギリギリ、クロちゃんはゲットするすることができました!ここいらへんは、イベント未体験のヒュンダイ営業所の方は大変だったと思います。お疲れ様でした。
  たちまちのうちに人の列が・・・さすが、宇都宮でもこの人気! やっと整理券ゲット!ほっと一息(^^)
 
 さて、2時になりますと、今度は本引換券を持って、いよいよ営業所の中へ・・・。テントがあるとはいえ、寒さに震えていたのでホット一安心・・・していた私達の目の前に、信じられない人が現れたのです。それはなんと、三重から駆けつけたチョワヘヨさんでした。「パソが壊れちゃって・・・昨日人から聞いて知って、今朝でかける決心をして新幹線乗り継いでやってきたのよ〜」と、疲れきった表情。さすがにもう入れず、大ピンチ!と思われたのですが、天もこういうときは味方するんですねー、話を聞いたヒュンダイの人が「それでは何とかしましょう!」と、引換券を発行してくれました。良かったね、チョワヘヨさん!!
 ああ、やっとソナちゃんに会える!ワクワク  教訓:幸運はやっては来ない、自分から引き寄せるもの

 遂にお待ちかねのトークショー開始!MCは堀越のりちゃんがしてくれました。のりちゃんのトークショーも兼ねていたにもかかわらず、のりちゃんファンはソナちゃんのカレンダーも買わなくてはならず、ちょっとお気の毒。でも、とっても健気に、「ソナちゃんに韓国語教わってます。あ、トッポギ教わって食べました」とか、「平山あやちゃんもサンタフェ(ヒュンダイのRV車)欲しがっているんですよ」など、一生懸命初体験のMCをしてくれて、のりちゃんにすごい好感を持ちました。来月にはソナちゃんとまた韓国で「雨上がり穴場」シリーズのロケ収録もあるとか・・・これからはのりちゃんも、応援するから頑張ってね♪
 そして、2:45にソナちゃん登場!黒地に白とピンクの花柄風模様のワンピースに、黒のブーツというちょっと大人っぽいいでたちでしたが、けっこうワンピースの胸ぐりが深くてちょっとドキドキ(^^;)そして髪は、最近お気に入りの、ちょっと真ん中から横目に分ける髪型でした。相変わらずガチガチに緊張して登場。これほど場数を踏んでいるスターでも、こんな風に初めての土地では緊張するところが可愛らしくて(^^)
 
 以下は、トークショーの内容です。(筆録ですので正確性にかけるかもしれませんが、ミアネヨ〜)
ソナ「日本に来て三年目、日本語はまだ難しいけれど、日本の文化は大好きになりました。でも、納豆としそは食べられない!」
のり「日本に来て良かった!と思うことはなんですか?」
ソナ「日本人にファンや、応援してくれる人がいるのが嬉しい(ここで、「ソナちゃーん!」「ソナシ、イェッポ!」の掛け声が
   最前列に陣取るヒッキーさんやkooさんから。やっと、こわばった表情の和むソナちゃん)。ぶつかったらすぐに謝る等、
   日本の文化に馴染みました。日本のことが好きになったので、もっと勉強したいな、と。」
のり「宇都宮は初めてですか?」
ソナ「初めてです。地名は覚えようと努力しているんですけど・・・渋谷や原宿と違って、自然が多いのでほっとしますね!」
のり「ギョーザが名物で美味しいんです。ギョーザ、食べました?」
ソナ「まだなの!でも、のりちゃんギョーザせんべい買ったよね?あ、あと、メイクさんがこちらの出身なので、大きなイチゴをお兄さんが
   差し入れしてくれて、それがとっても美味しかった!!」(いむ注 「とちおとめ」という有名な栃木ブランドのイチゴのことです)
のり「ヒュンダイという会社はどうですか?」
ソナ「韓国の車の60〜70%はヒュンダイです。私は19歳でデビューしてから、乗り心地がいいからずーっとヒュンダイ!」
のり「海外でもヒュンダイを見かけますか?」
ソナ「このあいだ、仕事でベトナムに行ったんだけれど、ヒュンダイが多いのにビックリしました(10時間しかいられなかったのに、
   よく観察してるなぁ、と感心)あっ、ウチ(韓国人)の車が走ってる!っていう感じ。」
のり「今日は?」
ソナ「ヒュンダイXGに乗ってきました。私、運転は上手いの!アクセル踏んだ時、こう、スーッとスムーズに出る(加速する)んですよね。
   でも、カーナビは付いているんだけれど、いってる言葉が分からないんで(一同笑)、マネージャーさんやドライバーさんがいないと不安です。」
   (壇から降りて展示車に近づき)また、新しく素敵なデザインに変わったんですね。内装もとってもいいです。」
   あの壇上にのりちゃんとソナちゃんが 駐車場に停めてあった300XG。ひょっとしてこれが・・・?
   撮影・Rondaさん
のり「お友達とかは乗せる?」
ソナ「ううん、今は仕事の帰りにだけ。韓国に帰って街で見ると、ヒュンダイが良く見えます。」
のり「日本と韓国の運転マナーの違いなんかはどうですか?」
ソナ「韓国人は、運転が激しいんです。(車列への)入り方なんか、マナーを良く学んで欲しいと思う。でも、S字にすっすっと入っていくなど、
   運転は上手いので事故はそんなに多くないです(ソウルの車数とマナーに比して、という意味と解釈。実際はとても道を歩くのは怖いし、
   タクシーに乗ると死にそうな思いをすることも多々あります。ただ、ワールドカップ以後は多少マナーが向上したとも:注・体験者いむ)」
のり「ソナちゃん、なんか暴走しそう・・・(^^;)」
ソナ「飛ばす時は飛ばすけど・・・マネージャーさんが怖がって。あっ、規則は守ってます!マネージャーさんはね、免許持っていると人をはねるかも
   しれないからイヤだって取らない。私は大丈夫!」
のり「今一番、お休みに行きたいところは?」
ソナ「遠出のドライブがしたいの。スノーボードを入れて北海道へ!」
のり「(ややあきれて)そんなことしたら、一日のお休みが行くだけで終わっちゃうよー!私は、休みが三日とかあったら田舎や温泉に行きたいな。」
ソナ「私も温泉行きたい!行ったことないの。声だけ出して、入ったフリした仕事はあったんだけど」(一堂爆笑)
のり「そろそろ時間が来ましたね・・・それではソナちゃん、今後の仕事の予定は?」
ソナ「テレビ朝日系列で日曜8時から放映中の「劇的!ビフォー・アフターのレギュラーになります。あと、JRAのCMをこのあいださんまさんと
   撮影しました。でも、馬ともう少し仲良く慣れたと思ったのに、顔で蹴られたの。私動物大好きなのに。ペットとか・・・
   (「何か飼ってるの?」とのりちゃんに聞かれ)マンションじゃ飼ってはいけない規則になってるの。だから飼ってませんっ!!
   (あっ、怪しい・・・^^;;)」
のり「こんど、仕事で韓国ロケ一緒ですね、よろしくお願いします!」
ソナ「はーい。プサンとチェジュに、雨上がり決死隊と1/31に行くのよね。三月に放映する日テレの特番です。」
のり「そうそう、教えてもらったトッポギは食べました?ここの屋台にあったけど・・・」
ソナ「ああ、屋台に出てたから(控え室に)出されてたんですよね!チヂミも美味しかったー。韓国のお餅は日本のモチとちょっと違って、口の天井
   にくっつかない(のりちゃん、けげんそうな顔をして「天井?」)そう、ここ(と指差す。「あー、上あごね!」とのりちゃん納得)」
のり「では、ソナちゃん、最後に一言!」
ソナ「今年も頑張りますから、応援してくださーい!あっ、ヒュンダイもよろしく!!」

と、ヒュンダイの宣伝で締めて、約三十分あまりのトークショーは拍手のうちに終わりました。いつもながらソナちゃんの頭の回転の速さと、巧まざる
ユーモアに感心したひと時でした。それから、不慣れとは言いながら、一所懸命、聞き役のMCに徹してくれたのりちゃん、本当にお疲れ様でした!

 さて、そのあとはお待ちかねの握手会&サイン入りカレンダー引き換えです。まずは、ヒュンダイ車を契約されたファミリーの方から。この方々はとりわけてのソナファンなのでヒュンダイ車にしたというわけではないらしく(そりゃそうだ^^;)、嬉しそうではありましたが、あっさりと握手をしてお帰りになられました。しかーし!その後に控えていたのは、朝の10時から乗り込んで、整理券トップグループを確保していた我らがkooさんとnaomiさんの番です。二人は用意したプレゼントをソナさんに差し上げ、握手しながらソナちゃんとしばし歓談。二分、三分・・・と時間が経つうちに、ヒュンダイの人はやきもき、私の後ろのおニイさんたちも「げっ、マジなげー」「何でだ?」と騒然とし始めました。でも、ソナちゃんもあせる様でもなくとても嬉しそうに答えていました。どんなことを話していたのかは、プライベートなことなのでここでは伏せますが、お二人とも掲示板に内容を簡潔に書かれているので、興味のある方はそちらをご覧下さい。

 そして、その二人に勇気付けられたかのように、ヒッキーさん、Rondaさん、ととさん・・・といったイベント常連の方も固くソナちゃんと握手して歓談。ソナちゃんもファンも、とても嬉しそうでした。その時、後ろで待っていたシンさんが「いむさん、イージーハングル持ってます?」と。貸して差し上げたら、一生懸命予習して、ソナちゃんとハングルで会話されていました。シンさん、偉い!

 さて、私の番となりましたが、いきなりソナちゃんに「このあいだみんなで木更津に行ってくれてありがとう!写真も撮ってくれたし、お手紙もくれたのね!」と感謝されたのにはビックリ!サイトの特集のことを言っているのかなー?と思い、私も嬉しくて「うんうん!」と返事をしましたが、あとでこれはRondaさんとkooさんの素晴らしいプレゼントとお手紙のことと判明。ただ、サイトもチラッとはご覧になっていたようです(これはナイショ^^)そして私は、サイトの100万ヒット用のスペシャル質問を・・・!それはヒ・ミ・ツ(^o^)で、結果はバッチリ、お聞きすることができました。なので、お楽しみにー!!

そのあと、イベントや握手会初体験のクロちゃんが、「いゃあ〜、生ソナちゃんはイイ・・・」と、ぽーっと上気した顔で出ていらしたあと、さて、どん尻に控えしは三重より到来のチョワヘヨさん。もう、ソナちゃんと手を固く固く握り合って、何度目かの涙のご対面!みな羨ましくも「チョワヘヨさんなら許せる!」と和やかな雰囲気で、最後まで握手会を見守っておりました。
             車庫の中のXG300。ああ、もしかして、あの車の向こう側にいるのは・・・!?

 最後は駐車場で出待ちをしていたんですが、警備上の問題からか、車庫の中でソナちゃんは車に乗り込み、運転手さんの運転で一路、東京へとお帰りになりました。でも本当に幸せな一日でした。素敵なイベントをありがとう、ソナちゃん!!!

 その後は皆さんと恒例の新年会兼オフを、宇都宮市内の餃子店「宇都宮餃子館」で行いました。初参加の茨城支部長!?クロちゃんをお迎えして、ビールと餃子で乾杯!・・・の前に、ヒッキーさんが「皆様に是非これを・・・」と、人数分のルーツ・ライブボディを!ヒッキーさん、ありがとうございました(^^)そして、その後新幹線の時間を気にしつつも残っておられたチョワヘヨさんの、恒例のご挨拶で本式に乾杯!チョワヘヨさんの、「来るかどうか迷ったんだけれど、ソナちゃんには年に一度か二度しか会えないでしょ、だから思い切って来たの。」のお言葉が胸に沁みました。その後は、初参加のクロちゃんさんのために、恒例の「どうしてソナファンになったか」という説明つき自己紹介。ドラマ、バラエティからの人が多い中、なんと意外やクロちゃんは、デビュー初期のPC雑誌に載っていたソナちゃんの写真に一目ぼれしたんだそうです。そして、そのあとはまたまた恒例の「ソナちゃんに何をプレゼントしたか」「どんなお話をしたか」のお披露目!ツワモノ(^^)二人組みは言うに及ばず、皆今回ゆとりがあったせいか、ある程度満足のいくお話ができということで、話す時に目が輝いてました。
  うーん、五種盛りギョーザ、美味でした!  ライブボディーでカンパーイ!
 後ろ髪を引かれる思いでチョワヘヨさんと翌日早くからお仕事のクロちゃんがお帰りになった後、話し足りなくて残りのメンバーで近くのホテルのショット・バーへ。みなさん(車の方以外)きれいな色のカクテルなぞを飲みながら、またしばし、ソナちゃんの話に花が咲きました。そしてお会計をしたのですが、なんと餃子店も、シヨット・バーも、どちらも千円強というお勘定!みんな驚くやら喜ぶやら・・・うーん、宇都宮偉い!チェゴ(最高)の宇都宮デーでした。

                                             (終わり)



   2004年 SME Mix Juice sonaライブの記録New!

みーんな、sonaさんへのお花!

ライブ前、応援団扇を手に全員集合!

O-EAST前の賑わい
          
埼玉支部入魂の横断幕1・2
そして、クライマックスはやってきた・・・New!
 全てのロック・ポップス・タップが終わり、「ネクスト・ミュージシャン、sona!」のコールがあって、遂にソナさんが登場しました。

 そのお姿は、今でも目の奥底にしっかり焼きついています。まずは、キーボードの入った弦楽四重奏の女性達が現れ、静かに
スキャットを一曲歌われました。その後、まるで(私にとっては)ヤン・ソワヤが登場した時のように静々とソナさんが登場しました。
・・・まるで本当の天使のような、白いローブを身にまとい、笑顔で登場したソナちゃん。なんと、裸足です。でも、それがとても神々
しくて、まさしく“女神降臨”といった雰囲気にぴったりでした。そしてsonaちゃんは、にっこりと微笑み「やっと・・・やっと私の夢が
かないました。」と言って、静かに静かに歌いだしました。一曲目はシン・スンフン氏の名曲、「会いたい(ポゴシッポヨ)」の日本語
バージョン。sonaさんの、透き通る歌声が、胸に染み渡っていきます。そして、圧巻は二曲目でした。おそらく、日本のファンの
間では初披露となる「コエヲキカセテ」。ああ!いまこの場で皆様に再現して差し上げられないのが、胸をかきむしられるほど残念
です!なんでこんなにも、情感豊かに歌い上げることができるのだろう…。応援するために立ち上がった私ですが、我を忘れて
聞きほれてしまいました。やさしく美しいバラードの旋律を、万感の思いを込めて歌い上げるsona。それはまさしくライブのフィナーレを
飾るのにふさわしい曲でした。そして私は、思わず「もう一度キス」のラストを思い出し、涙を一筋、流していました…

レポートはto be continued!