下記に掲載の文章は私の義兄(P.K)が主宰する某マルチメディア・コンテンツ・プロダクションが
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哀しき玩具 |
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文:P. K
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| 先日、私は下の娘と一緒に買い物に出掛けたが、そこでじつに考えさせられる体験をした。 娘はまだ10歳にもならないので、買い物に行って関心のある場所といえば、やはりおもちゃ売り場やキャラクターもののコーナーなのである。そこで私はなかなか面白いものを見つけた。キーホルダーのような形態の金具に、10センチくらいの小さなぬいぐるみの人形がついている。何種類もあり、熊のような動物だったりフクロウだったり・・・中には何がもとになっているのか理解できないようなものもあった。よくよく見ると、同じ熊でも微妙に違いがある。それも毛糸のようなもので編んで作られており、質感もなかなか面白い。そう、これは手作りなのである。興味深そうに見ている私に気がついて、娘が「それは“あみぐるみ”っていうんだよ」と教えてくれた。ところが私は、その値段を見て、びっくりしてしまった。これだけ手がかかっているものが、何と150円で売られているのだ! よくよく見るとタグには『MADE IN CHINA』とある。そうなのだ。これはほかでもなく、為替の相場が背景にあってこういうことが成り立っているのである。それに気がついた瞬間に、私の目にはその可愛らしい人形が、ひどく哀しい表情をしているように見えてきた。そして、娘と買い物をしている間にそれと同じ境遇の玩具たちが如何に多いのかも知った。おもちゃ売り場の楽しげな雰囲気の中で私の心は複雑なおもいであふれそうだった。さらにショックだったのは、我が家に帰ってその話をしたときに、妻と上の娘が言った言葉だった。 「ああいうものはそのくらいの値段が相場なんじゃないの?」 手作りのものは美しい。手仕事でものを作りだしている人間の姿も美しい。私もかつてはそういう仕事をしてきたから、手作業による仕事に一種独特な喜びを感じた記憶もしっかりと残っている。しかし、この国ではいつの頃からか、おかしなことになってしまった。もちろん、現在に至る社会情勢の影響が大きいのは確かである。バブルがあり、それが崩壊し、今はこの大変な不景気だ。『価格破壊』という言葉に表される状況は、この『手作り』というものの価値を根底からくつがえしてしまいかねない危険をはらんでいる。事実、コストがかかる高いものが売れない。コストを抑えるためには海外の安い労働力をあてにしなければならない。・・・多くの人が焦りを感じている。 実は先日、ある店で気になる話を聞いた。そこは、あるメーカーの鞄を専門に扱う全国でも有数の店だ。熟練の職人の手作りによるそのメーカーの製品が好きで、私は月に数回、電車に乗って出掛けていくのであるけれど、そのメーカーで作った新しい製品の価格を決定する段階で経営者という立場の人間から、もっと価格を下げろ、という指示があったらしいのだ。しかし、その製品はある部分の加工が難しく、時間がかかる上に材料にも制約があってどうしても価格を高くせざるを得ない。しかし、その経営者曰く「どれだけ手がかかっているか、なんて言うことは作っている人間の都合にすぎない。どれだけ手がかかるからこの値段になってしまう、のではなくて、ものの値段はそれがいくらで売れるか、によって決まってくるのだ。その値段で作れる方法を考えろ。」だそうだ。 私が言いたいのは、この経営者が『作り手』ではなく『売り手』という立場でしかものを見れない人間であるとか、そういうことではなくて、それが実際にそれだけ手がかかっている製品であり、その製品を作りだすのにそれなりの高度な技術が投入されている、という自信があるのなら、経営者たる人間がそれを安売りするなどという愚かなことをしてはいけない、ということなのだ。逆に言えば、こんなに高くなってしまっては売れない、という考えしか浮かばないその姿勢が哀しい。ならば、どうしてその製品を生み出す技術と材料の価値を訴える努力を自分がやってやろうという考えが出ないのか? 顧客がその仕事と材料の価値を本当に理解出来たのなら、誰だってその鞄が一見同じような形に見える別の鞄より高い理由だって納得出来るはずなのに・・・。 これだけは言える。一度安売りしたものは二度ともとの価格では売れない。苦しいときの一時のあがきからやった間違いが取り返しのつかないことになる。それがある企業だけの問題なら、その会社がなくなるだけですむことだが、『仕事』そのもののを安売りしてしまったらおしまいだ。 上に書いた経営者の言葉はある意味では事実だ。だからこうして実際に、この国の『手仕事』はすたれ、滅び、消えようとしている。このままで行けば、この国は商売人と買い物客だけの国になってしまうだろう。 すでに大局では『手仕事』は海外でしか成り立たない国になってしまっているのだから。 私の脳裏から、あの哀しき玩具が離れない。おもちゃ売り場のにぎやかな雰囲気の中で、150円の値札を付けられた、あの“あみぐるみ”の人形たちは本当に哀しく見えたのだ。 |
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上記に掲載の文章は私の義兄(P.K)が主宰する某マルチメディア・コンテンツ・プロダクションが
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