
茨城県内に戦前あった軍事施設
| 東部37部隊 | 東茨城郡渡里町 |
| 東部42部隊 | 水戸市 |
| 東部92部隊 | 東茨城郡長岡村 |
| 吉田通信学校 | 東茨城郡吉田村 |
| 百里原海軍航空隊 | 東茨城郡白河村・橘村 |
| 筑波海軍航空隊 | 西茨城郡宍戸町 |
| 水戸陸軍飛行部隊 | 那珂郡勝田町・前渡村・湊町 |
| 水戸北飛行場 | 那珂郡芳野村・戸多村・国田村 |
| 鉾田飛行部隊分遣隊 | 鹿島郡新宮村・上島村・白鳥村 |
| 神之池海軍航空隊 | 鹿島郡高松村・息栖村 |
| 横須賀海軍爆撃試験場 | 鹿島郡若松村 |
| 内閣中央航空研究所 | 鹿島郡息栖村・軽野村 |
| 海軍鹿島航空隊北浦派遣隊 | 行方郡大生原村 |
| 霞ヶ浦海軍航空施設部 | 稲敷郡朝日村 |
| 鹿島海軍航空隊 | 稲敷郡安中村 |
| 霞ヶ浦海軍航空隊 | 稲敷郡阿見町 |
| 土浦海軍航空隊 | 土浦市・稲敷郡阿見町 |
| 霞ヶ浦海軍経理部 | 稲敷郡阿見町 |
| 霞ヶ浦海軍軍需部 | 稲敷郡阿見町 |
| 第1,100飛行場 | 稲敷郡八原村 |
| 第1海軍航空廠 | 稲敷郡阿見町 |
| 航空敵性研究所 | 土浦市 |
| 石岡航空基地 | 新治郡石岡町 |
| 西筑波陸軍航空隊 | 筑波郡吉沼村 |
| 谷田部海軍航空隊 | 筑波郡谷田部町・小野川村・茎崎村 |
| 下館飛行場 | 真壁郡河内村・黒子村・太田村 |
| 古河航空機乗員養成所 | 猿島郡岡郷村・勝鹿村 |
福島県
陸軍原町飛行場跡
茨城県
陸軍鉾田飛行学校
海軍神之池航空隊
海軍百里原航空隊
水戸つばさの塔公園
掩体壕内の桜花
海軍霞ヶ浦航空隊
石岡の飛行場跡
海軍北浦航空隊跡
谷田部海軍航空隊
霞ヶ浦湖畔戦跡めぐり
陸自武器学校(旧予科練跡)
鹿島海軍航空隊
筑波海軍航空隊跡
西筑波陸軍飛行場跡
下館飛行場跡
茨城県護国神社
茨城県内の古い飛行機
茨城県内の陸自駐屯地
百里基地の近くで見られるT−33
満豪開拓青少年義勇軍内原訓練所跡
千葉県
海軍香取航空基地
印西の無蓋掩体
茂原海軍航空基地跡
八街と横芝飛行場跡
銚子飛行場跡
柏陸軍飛行場跡
木更津の掩体壕
富津岬の砲台跡
東京都
靖国神社レポート
船の科学館の二式大艇
埼玉県
熊谷基地の用廃機
所沢航空公園
神奈川県
猿島要塞跡探検
予科練誕生の地(貝山緑地公園)
戦前の飛行場参考文献
「勝田市史料V 水戸射爆場の歴史」
勝田市・那珂湊市・東海村の2市1町にまたがる総面積約348万坪の米軍水戸射爆場は、1973年に返還されるまで、誤爆・誤射の恐怖を地域住民に与えていました。米軍機による事故の実態や、返還を求める自治体ぐるみの住民運動のあゆみが描かれています。
「禁断の海辺 国策に翻弄された半世紀の記録」
(箕川恒男 鹿砦社)
水戸射爆場をテーマにすえて、その歴史を地域史と絡ませながら丹念に追跡しています。
「戦災と生活 日立市民の記録」
(日立市の戦災と生活を記録する市民の会編)
「戦災の記録」「戦中、戦後の生活記録」「史料」の3編構成からなります。
「日立戦災史」
戦災と生活 日立市民の記録の解説編です。特に、資料として爆撃と被害の模様をあますところなく伝えています。
「米国戦略爆撃調査団報告書」が所収されており注目の1冊です。
「百里原農民の昭和史 茨城百里の人びと」
(東敏雄編 三省堂)
「21世紀へ伝える航空ストーリー
戦前戦後の飛行場・空港総ざらえ」(戸田大八郎)
飛行機については、いろいろな本で紹介されていますが、その活躍の基盤となった飛行場についてはほとんど紹介されていません。戦前の飛行場については半世紀以上が経過し当時の状況を知る人も少なくなりました。この本は戸田氏が30年にわたって戦前戦後の飛行場について調査した結果をまとめたものです。
この本を見て戦時中は随分多くの飛行場があったことを知りました。この本をたよりに飛行場跡を尋ね回ってみようと思っています。
写真集「那珂湊市史」 那珂湊市史編纂委員会編集 那珂湊市発行
「阿見と予科練」〜そして人々のものがたり〜 阿見町発行
図説「鉾田の歴史」 鉾田町史編纂委員会編集 鉾田町発行
「大洋村史」
「鉾田町史」