| 今一度、RPGについて考える |
年末と年始、実家に帰って面白いものを見つけました。
「Dungeons & Dragons」のプレイヤーズマニュアルです。
現在の「RPG」の元祖とも言える「Dungeons &
Dragons」ですが、それだけにプレイヤーズマニュアルには興味深い事が色々と書かれています。これを読むことで、「RPG」の本来あるべき姿が見えてくるのです。
1.「RPG」の目的
「RPG」はゲームです。ゲームには、野球のようなスポーツからトランプのようなカード遊びまで様々なものがありますが、それらに共通する目的として、相手に「勝つ」ことが挙げられます。
では、「RPG」における「勝利」とは何でしょうか?
シナリオの最終目的を達成すること
最強の敵を倒すこと
アイテムを全て集めること
人より強いキャラクタを作ること
プレイヤーによって「勝利」の概念は様々だと思いますが、多くのプレイヤーは、シナリオの完了や強敵の打倒などを「勝利」と捉えているのではないでしょうか?
しかし本来、「RPG」には勝ち負けなど存在しません。
「RPG」とは、「Role Playing Game」を意味します。ロールプレイをするゲーム、即ち自分以外の何者かを演じて遊ぶゲームなのです。
ゲームの目的はロールプレイすることであり、強敵に打ち勝つことでも、難解な謎を解くことでもありません。
「Dungeons & Dragons」のプレイヤーズマニュアルは次のように説明しています。
『我々はなぜゲームをするのか?それは楽しむためである。プレイヤー各々は、”楽しむ”事により、勝利したことになる。たとえ、君のキャラクターが死んだとしても、楽しく過ごしさえすれば、勝ったことになるのだ。』
『楽しみは”行う”ことであり、”終える”ことではない。』
この説明の「楽しむ」とは、「ロールプレイを楽しむ」ことを意味しています。
つまり「RPG」においては、結果は問題ではなく、ロールプレイの過程をいかに楽しむかが重要だということです。
しかしコンピュータRPGでは、「楽しみ」が別の方向にズレてしまっています。
先に挙げたように、ゲームを解くこと、敵と戦うこと、アイテムを集めること、キャラクタのレベルを上げることが「楽しみ」になっているのです。
これを顕著に表すものが、難解な謎解きや強敵との戦闘をウリにしたゲームや、「MMORPG(大規模多人数参加型RPG)」です。
例えば「Wizardry4」は、製作者側が自らその難解さを認めて、早く解いたプレイヤーに表彰するなどのキャンペーンを行っていました。
ゲームの「勝利」がシナリオの完了であることの好例です。
また、多くのMMORPGでは、プレイヤーは自分のプレイヤーキャラクタのレベルを上げたり、貴重なアイテムを多く手に入れようとしたり、モンスター退治に注力したりします。
しかし、「勝利」や「楽しみ」がズレていること自体には、何の問題もありません。
ゲームによって、またはプレイヤーによって、楽しみ方は様々であるからです。
問題にしたいのは、「RPG」の本来の目的からかけ離れたゲームがあまりにも多すぎることです。
2.コンピュータRPGの成り立ち
では、何故、「RPG」の本来の目的からかけ離れたゲームが巷に溢れるようになったのでしょうか?
これを考えるには、まずはコンピュータRPGの生まれた背景を知る必要があります。
現在の「RPG」の元祖となった「Dungeons & Dragons」は、コンピュータを使用せず、複数のプレイヤーとゲームを管理するダンジョンマスター(ゲームマスター)により成り立つゲームでした。この斬新な作品は、米国を始めとする世界中のプレイヤーを魅了しました。
「コンピュータで『Dungeons & Dragons』を再現できないか?」
そう考えるプレイヤーが出てくる事は必然だったと言えるでしょう。この試みの結果生まれた作品の代表的なものが「Wizardry」であり「Ultima」です。
こうしてコンピュータRPGは誕生しました。
しかし、当時(30年近く昔)の家庭用コンピュータはとても非力であったため、コンピュータRPGで「RPG」の全てを再現するのは、まず不可能でした。
「コンピュータで比較的簡単に表現できる『RPG』の要素は何か?」
それが戦闘とダンジョン探検だったのです。
また、「Dungeons & Dragons」がプレイヤーキャラクタの成長の概念をルールとしていたため、「Wizardry」と「Ultima」の両作品ともにキャラクタの成長を取り入れることになりました。
もし「Dungeons & Dragons」がキャラクタの成長をルール化していなかったら、ここでコンピュータRPGの歴史が変わっていた可能性があります。
確かにキャラクタの成長は面白い要素です。しかしこの要素がレベル上げという単純作業を生み、ゲームの面白さを損ねる一因になっていることを理解しておく必要があります。
ゲームの目的が「ロールプレイ」であるにしても、物語を追うことであるにしても、プレイヤーに苦痛を与える単純作業がプレイ時間の大部分を占めている時点で、その作品は「過程を楽しむ」という「RPG」本来の目的から外れた「RPG」の出来損ないでしかありません。
コンピュータの性能が低かった頃は、「RPG」であって「RPG」とは言えない作品が主流を占めるのは仕方のないことでした。
しかし今ではコンピュータの性能は飛躍的に上がり、30年前では実現できなかったことが可能となっています。
3.コンピュータの性能向上がRPGに何をもたらしたか
1996年〜1997年頃に登場した「Ultima Online」は、数千人のプレイヤーが同時にゲームに参加できる画期的な作品でした。
一人用の、「RPG」の代替遊びに過ぎなかったコンピュータRPGが、本当の意味で「RPG」になれる日が来たのです。
決まった物語を戦闘やレベル上げの繰り返しで追ってゆく作品が大半だった最中ですから、この衝撃には大変なものがありました。
MMORPGの誕生です。
仮想世界に住まう「もう一人の自分」は、現実世界とは全く異なる容姿、能力、性格を持ち、プレイヤーは自分の思うままにロールプレイを楽しみ、他のプレイヤーと接することができました。
戦闘ですら、もはや必須の作業ではなくなっていたのです。その全てが「過程を楽しむ」ためにある、まさに「RPG」そのもの、と思えました。
熱心な「Ultima Online」のプレイヤーは、「一人用RPGなんてRPGじゃないね」とまで言ったものです。
当時の私は、この盛り上がりを指をくわえて見ているしか出来ず、非常に悔しい思いをしました。
それから10年近い年月がたち、私もようやく高速な常時接続環境を得たため、念願の「Ultima
Online」および「Ever Quest II」を遊ぶことができました。
まずは「Ultima Online」を遊びました。しかし・・・何かが違います。私が思い描いていたブリタニアは、もう存在しなかったのです。
まず、10年近い年月がたつ間に、ブリタニア上にはあらゆる分野のエキスパートが生まれていました。
戦士になるにしても、魔術師になるにしても、鍛冶屋さんをするにしても、何をするにしても、遥か上のキャラクタが必ず存在します。
プレイヤーが自分の望む役割を演じて他人と関わろうとすれば、それ相応の技能が必要となります。
そして、その技能を磨くという作業が大変に辛いものなのです。何週間もかけて同じ作業を繰り返し、失敗を重ねながら地道に経験を積んでゆくしかありません。
「RPG」のように自分の役割を演じて、ゲームの過程を楽しむためには、長い長い下積みが必要なのです。
もちろん、私がブリタニアに来たときに既に存在していたエキスパートの方々も、同じように長い作業に耐えてきたことに違いはありません。
しかし、私には、この作業を楽しむことができませんでした。
マウスを何度もクリックして採掘作業を続けたり、同じ魔法を何度も使って練習するなど、楽しさのカケラも感じられない単純作業です。
こんなことをするために料金を払ってブリタニアにやって来ているのではありません。
次に私は、「Ever Quest II」を遊んでみました。
以前にも書きましたが、この作品には異常なほど熱中しました。この時は仕事がなくて暇だったので、一日3〜8時間ほど「Ever
Quest II」に費やしたものです。
「Ever Quest II」の何がそんなに面白かったのかは、エバークエスト2の魅力と限界に書いた通りです。
まだサービスが始まったばかりで、いわゆる達人キャラクタが少なかったことも、熱中する要因となりました。
ところが、数ヶ月遊んだところで、「Ever Quest II」からも楽しさを感じられなくなりました。
理由は「Ultima Online」の時と同じです。
ゲームでやる事が、またも単純作業の繰り返しとなってしまったのです。詳細はエバークエスト2の魅力と限界に書いたため、省略します。
4.ロールプレイは難しい
上の二つの作品を遊んで、共通する問題も見つかりました。
仮想世界にログインしているプレイヤーの大半が、「ロールプレイ」することに無関心なのです。
「Dungeons & Dragons」のプレイヤーズマニュアルにも書かれている通り、「プレイヤー=プレイヤーキャラクタ」ではありません。
プレイヤーキャラクタは、プレイヤーとは別の人物であり、プレイヤーはその別の人物をロールプレイしているわけです。
プレイヤーが知っている事もプレイヤーキャラクタは知らないかもしれません。
本来の「RPG」では、そういったことも考慮してロールプレイすることが要求されます。
要は、現実世界の話や知識をゲーム中に持ち込んではいけない、ということです。
だって、ファンタジー世界の住人が自動車の話をするなんて、あり得ないでしょう?
そうやって自分とは別の人物を演じて楽しむのが「RPG」であるわけです。
もちろん、この定義を全てのコンピュータRPGに当てはめることはできません。一人用のコンピュータRPGで自分とは別の人物を演じて楽しめる作品は、僅かに存在するだけです。これはシステムの制約上、仕方のないことです。
ところが、複数のプレイヤーが同時に参加し、本当の意味でロールプレイを楽しめるようになったはずのMMORPGで、一人用RPGよりもロールプレイを楽しめないという残念な自体が発生しています。
これは、ある意味当然のことかもしれません。
仮想世界にログインしているプレイヤーの大半は、「RPG」とは何かや、ロールプレイとはどうあるべきか、などの知識は持ち合わせていません。また、そうする必要を感じないプレイヤーも多いことでしょう。
様々なプレイヤーが同時に参加するMMORPGですから、これも仕方のないことです。
問題は、多くのプレイヤーが無差別に同じゲームに参加する、MMORPGのシステム自体にあります。
そして、ほとんどのプレイヤーは、他の人より高いレベルに達することや、多くのクエストを完了すること、よりよいアイテムを獲得することにばかり楽しみを見出します。
結局は、何も変わっていません。
過程を楽しむ遊びだったはずのRPGは、レベル上げや怪物との戦闘、貴重アイテムの獲得に奔走するゲームのままです。
それが楽しいのなら良いのですが、ほとんどの場合は単純作業の繰り返しです。
また単純作業が多くなる結果、プレイ時間を多くとれるプレイヤーほど有利になり、プレイ時間が少ないプレイヤーは楽しめなくなるという、「RPG」で起きてはいけないような弊害まで発生します。
付け加えれば、「Ever Quest II」は、システム自体に別の大きな問題があります。
「Ever Quest II」のクエストは非常に困難であり、前もって情報を仕入れなければとても完了できたものではありません。例えば、「酒場に行け」と言われて、酒場の中の特定の座標に移動しなければフラグが立たない、などという条件が自力で分かるでしょうか?ましてや、数時間に一回出現する敵など、出現場所が分かっていなければ見つかるはずもありません。
自前に情報を仕入れる=プレイヤーの知識でゲームを進める、この時点でロールプレイでなくなっています。
これのどこが「RPG」だか。
しかし・・・そう言う私も、ロールプレイをしていたとは言えませんし、レベル上げやアイテム収集を一生懸命やっていました。
周りがそうするわけですから、ある程度合わせる必要もありますし・・・。
上に書いたとおり、システム自体がロールプレイを奨励するような仕組みになっていないので、仕方のないことです。言い訳がましいですが。
5.「RPG」の行き着く先
結局は、MMORPGになっても、システムもプレイヤーも未成熟であるため、本来の意味での「RPG」を再現することはできませんでした。
それどころか、「過程を楽しむ」という目的すら忘れ去られています。
MMORPGが相変わらずの単純作業ゲームである原因には、キャラクタの成長や、戦闘や、アイテム収集をプレイヤーが望んでいるという実情があります。
そうしなければプレイヤーを獲得できない、または獲得したプレイヤーを維持することができないのでしょう。
アイテム課金制のMMORPGの流行を見ても明らかです。
(・・・しかし、アイテム課金制のMMORPGって、現実世界でお金持ちの人ほど楽しく有利になるわけですよね。現実世界の自分が反映されたプレイヤーを演じなければならないなんて、「RPG」失格です。自分と違う人物を演じられるから「RPG」は楽しいのではないでしょうか?)
これでは、一人用のコンピュータRPGのほうが、よほど「RPG」に近いと言えるでしょう。
物語を追って楽しむのも良し、自分だけの世界で存分にロールプレイを楽しむも良し、です。
と、私はMMORPGの未来に希望を持てずにいたわけですが・・・ニンテンドーDSの「おいでよ動物の森」の大流行を見ると、従来の枠に囚われないMMORPGが生まれる可能性は意外と高いのではないか、まだ健全なロールプレイヤーはいるのではないか、などと思ってしまいます。
コンピュータRPGの行き着く先は「The SIMS」に近い形になると私は考えています。
戦闘やアイテム収集などの数値遊びから解放され、仮想世界で自分とは違う人物をロールプレイできる作品・・・・・・それは現在のMMORPGとは全く別の面白さを提供してくれるに違いありません。
まだまだコンピュータRPGは発展途上なのです。